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諦めない

ニュージーランドに住んでいる友達に久しぶりに会いました。多分14年ぶりです。
この友達は、10代後半のアルバイトの仲間です。
彼女はスタイル抜群、美人、優しくておおらか。そして育ちも良い。
私と彼女は同い年です。
当時、私は「こんな人もいるんやな〜。毎日、楽しいことばかりなんやろな〜。」と思いながら、彼女を見ていました。

ある日バイトの休憩時間が同じになり、休憩室でご飯を食べながら、以前から気になっていたことを彼女に訊きました。「なんで大学やめたん?」

彼女は子供の頃から、アトピーに悩まされていたそうです。
大学生になった頃から症状が酷くなり、顔は腫れ上がり、人前に出れる状態ではなくなったそうです。
自分の部屋に引き蘢り、大学を辞め、家族とも生活の時間帯をズラし、会わないよう生活していたそうです。
「生きていても、しょうがない。」いつしか自殺を考えるようになっていたそうです。

ある日の深夜、背後に視線を感じ振り返ると、僅かな扉の隙間から、お母さんが覗いていたそうです。
お母さんは、彼女が自殺するのではないかと感じ、彼女を見張っていたそうです。
彼女は、その時、思ったそうです。「今、死んだら、この顔を見られてしまう。お葬式で皆に見られてしまう。皆の記憶に残る私の顔が、この顔になってしまう。絶対イヤや。」

それから彼女は、頬被りをし、良いという評判の病院を尋ね歩いたそうです。
やっと良い病院に出会い、症状が治まり、外出できるようになって「何か仕事見つけやんなあかん。」と思い、見つけたバイトが、私が働いていた店だったわけです。
漂うように、穏やかに生きている彼女にそんなことがあったなんて。驚きました。

彼女とは、一緒に何処かに遊びに行った記憶もなく、今も頻繁に連絡を取り合っているわけでもなく、大親友というわけでもありません。
でも、私が「もうアカン。」と、思った時、最後の最後に思い出すのは歴史に名を残す偉人の言葉ではなく彼女の言葉です。
「今、死んだらアカン。」

娘が小さい時、習字もピアノもなかなか上手になれなくて、どんどん友達に引き離されて「やめたい」と泣いた時も「今やめたらアカン。今やめたら、上手になれへんからやめたと思われるで。やめるんやったら、上手になってからやめ。」と何度も言いました。

久しぶりに会った彼女に私は「私、やっと幸せになれた。娘は私と離れて生活できるようになった。欲しいものは何もない。行きたい所もない。同じことの繰り返しの毎日が幸せや。」と言えました。

若い頃、「幸せとは」と考えていた定義とは、私の今の生活は全く違いますが、今と違う生活を送りたいとは思いません。
彼女の言葉を何度も思い出しながら、もうすぐこの店を始めて10年が経ちます。
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by peace3126 | 2013-11-21 15:41 | 日記(日々更新)