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年末年始の営業のお知らせ

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今年は例年より寒くなるのが早いようですね。
店の階段の脇のワイヤープランツも、朝はこんなに凍てついています。


娘が浪人したため、ここ2年は正月気分は味わえませんでした。久しぶりの「お正月」です。
年末年始を少しでもゆっくり過ごそうと、早々と年賀状を書いたりしています。

今年は、いつも私の頭の中の何割かを占めていた娘が巣立ち、親としてほぼ「御役御免」になりました。
来年からは、頭の中を100%「珈琲と食パン」のためにして作りまくります。
来年もよろしくお願いいたします。

12月30日(日)〜1月4(金) お休みさせていただきます。
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by peace3126 | 2012-12-24 13:46 | 日記(日々更新)

PEACE PEACE PEACE 10

夏ごろから書き出して、放ったらかしになっていた「10」。
「10」となると妙に気構えてしまい、続きを書けないでいました。
2〜3日前、お客さんから「楽しみにしているのに」と言っていただき、「よっしゃ〜!」と思い書き出しました。
今回はちょっと長いです。

店にもプリントしたものがあります。
もしよろしければ、お持ち帰りください。
12月6日で9周年を過ぎ、10年目に入ります。
これからも、この至らない私とお付き合いください。


この春、娘が1年間の浪人生活を経て大学生になり家を出て行きました。
苦しかった1年は神様が私にくれた「娘と暮らすオマケの1年だったのでは。」と今は思っています。
娘が私と離れて生活できるまでに成長したことを、私は自分の人生の一番の大仕事を終えたと思っています。
お客さんや友達から「寂しいやろ?」と訊かれますが、そうでもないのです。
娘が家を出る直前は、衝突が激しく息苦しいと感じることさえありました。それは娘も同じだったようです。
野生動物の親が、巣立ちの時に子供を噛んで巣から追い出すのは、「お前は、もう一人前だから、今日からは一人で生きて行きなさい。」などというきれいごとばかりではなく、「うるさ〜い。出て行けッ!獲っても、獲ってもお前らばっかり食べるから、全然こっちに回ってこーへんやろ!」みたいな気持ちもあるのではないでしょうか。
そんなふうに思えなければ、身を裂かれるような思いには耐えられないのではないでしょうか。
が家を出てから、私は時間に余裕が出来ました。朝はしっかり朝食を取り、少し散歩をします。閉店後、陽が沈むのを見ながらゆっくり散歩をします。幸いこの辺りは自然の残っている所がたくさんあり、少し歩けば草の匂いがして、虫の声、鳥の声を聞くことができます。
そして、店終いをしながら考えた自分のためだけの献立を作り、しっかりといただきます。
今の生活が始まって暫くは忘れ物をしているような、気の抜けた感じがしました。一ヶ月も経つと、その生活も当たり前になりました。
こんなゆったりとした穏やかな生活が、私の人生にあるなんて、思いもよりませんでした。お客さんや友達に「私、もう仕事が全部終わったような気がする。近々、お迎えくるかも?」と冗談を言ったりしています。

娘が小学生になる数日前、私はパート先で顔に油がかかり、火傷をしました。それを知った経営者は「アンタでよかったわ。嫁入り前の娘さんや、良い所の奥さんやったら大変やった。」と言い、私が要求した数百円の薬代を渋々くれました。
十数年経った今でもそのシーンは鮮明に浮かびます。何日腹を立てても、怒りはおさまりません。でも、よく考えてみるとその経営者の言ったことは、道徳的には間違っているけど、人間らしい本音かもしれません。世間の大半の考えかもしれないと思うようになりました。
確かに私には、取り柄も庇護者もありません。
私が味わったこの苦々しい思いを、娘には絶対させたくない。そう思いました。

娘は2月生まれ、小柄。小食。一人っ子のせいかおっとりして、マイペース。小学校に入学した時は、兎に角、頼りなく心配でした。ランドセルを背負って一人で立ち上がることができませんでした。

「たとえ勉強ができなくても「字」が上手なら、ちょっとは賢く見えるかも?」そう思い、「書道」を習わせました。近くに2つの書道教室がありました。1つ目の教室はたくさんの子供達が来ていて、賑やかで楽しそうでした。帰る時におやつをくれるそうです。              
もう1つの教室は、とても厳しいと評判の先生で、話声は全くしません。生徒達は、きちんと正座をして黙々と机に向かっています。                      
1つ目の教室は、満員で入れてもらうことができませんでした。娘は2つ目の教室で習うことになりました。
習字に行く日は、学校から帰って来ると「お腹が痛い。」「頭が痛い。」と言います。
私は「お腹が痛かったら、今日はご飯食べられへんやん。」「頭が痛かったら、明日は学校休みや。」と言い、渋る娘を習字に送り出します。
先生と二人きりになってしまうのが嫌で、敢えて生徒が多い日時を選んで行っていました。
三年生になったある日、娘は慌てて学校から帰って来て、大急ぎで習字に行く用意をしています。「なんでそんなに急いでるの?」と訊くと、「たくさん来はったら落ち着かへん。先生と二人が落ち着いてきれいに書けるねん。」と答えました。
娘は、一山超えたようです。

ある日、習字から帰って来た娘が、勿体振った顔でこんなことを言いました。「横五年。縦十年。点一生。この意味わかるか?」
私が「わからへん。」と答えると、娘は得意げな顔で「教えてあげるわ。横の棒を上手に書けるようになるには五年かかる。縦の棒は十年。点は一生かかる。簡単やと思うことが本当は一番難しい。ということやで。」と言いました。
先生と大人の生徒の話を聞いていたそうです。

ピアノも習いました。でも、娘は上達が遅く、同じ年の友達にドンドン引き離されていきます。辛そうな娘を見ていると、私も辛さと歯痒さがこみ上げてきます。
「なかなか上手になれへんかったら、長く習ったらいいやん。みんながやめても続けてたら、いつかみんなを追い越すやん。」
娘は高校3年生まで習いました。今も大学のクラブで弾いています。

高校の合格発表の時、私が言う「おめでとう」より先に「ママ、ありがとう」と娘は言いました。
卒業式の後、教室に戻り「子供から親に一言」という時、「ママ、ありがとう。したいこと全部させてくれた。お金無いのに、お金無いのに...」と泣き崩れた娘。教室は大爆笑でした。

娘が小さい時、私の時間や行動にたくさんの制約があることが不満でした。
何もかもが上手く進まない。そんなふうに思ったこともありました。
そんな時、読んだ小説にこんな一文がありました。
「山寺に行くには、必ず2つの道がある。一つは山の麓から寺まで、真っ直ぐに伸びる道。これを「男道」という。もう一つは山の周りを回りながら、少しずつ登って行く道。これを「女道」という。この道は、歩き易い所ばかりではなく、脚を取られる泥濘や、壊れそうな吊り橋、先細りする道幅に心細くなったり、少し進んだら横たわる大木や大きな岩に道を塞がれ、回り道を余儀なくされ、なかなか前には進まない道だけど、時には小鳥のさえずりが聞こえ、喉を潤す湧き水や、小さな可愛い花が咲いて...小さな幸せがたくさんある道。諦めずに進めば、必ず辿り着く道。振り返れば、歩いた道は全てかけがえのない思い出。」                             
この話は本当でした。
           

私は若い頃、堪え性が無く何事も長続きせず、嫌なことがあると直ぐに逃げ出していました。娘を産んでから「この娘を育てなければ。この娘が見てる。」その思いが、少しずつ私の悪いところをマシにしていったように思います。
娘に育ててもらった20年です。
この店を始めてからも何度も辞めたくなったことはありますが、何故か辞められませんでした。
今は「この店が無っかたら私は生きてる意味無いやん。」と思っています。
珈琲もパンも「もっともっと美味しくなるはず。」と、私にけしかけてきます。
終点の見えない仕事の楽しさと苦しさが、私に「逃げる」ということをさせなかったのだと思います。

18才の時、アルバイトをで貯めたお金で50ccのバイクを買いました。それまでの移動手段の自転車と違い、手首を少し回すだけでビューとスピードが出ます。
「こんなにスピードで出てるのに、全然しんどくない!」あの時の感動は、今も忘れられません。地球の裏側まで行けそうな気がしました。
娘にも、自分の力で自分の欲しいモノを手に入れる喜びを知って欲しいと思います。
与えられるのではなく、自分が働いたお金で欲しいモノを手に入れる喜び。

自分が何をしたいのかわからず、身悶えするような毎日を送っていた19才の時、飼っている犬がお産をしました。誰に教えられるのではなく、へその緒を噛み切り乳を飲ませ、子犬を育てる姿を見た時、「犬でもこれだけのことができる。人間は言葉を喋れて、字も書けて、読めて。何処にでも行ける。どんなことでもできるはず。今の私は、まだ何もしていない。」と思いました。
「そんなん犬やから当たり前やん。」と笑った友達もいたけれど、今でも苦しい時には思い出します。

数は多くないけれど良い友達に支えられ、お客さまに応援してもらい、娘の成長を励みにして、お蔭様で9周年を迎えることができました。
楽しいことばかりではありませんでした。「嫌なこと」もたくさんあったけれど、どんなことも「今に至るに必要なこと」だったのだから「それもまたヨシ!」だと思っています。
「良いこと」だけではダラケてしまいます。「嫌なこと」があったから成長できたのだと思います。
「良いこと」と「嫌なこと」を、絶妙な匙加減で私に味合わせてくれた神様に感謝しています。
これから先もどんな「嫌なこと」があっても、時間を掛けて少しずつ乗り越えて行こうと思います。
そして、いつか「最高の点」を書けるように...         2012.12
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by peace3126 | 2012-12-02 11:20 | INFORMATION(伝えたいこと)