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春隣

春がすぐそこまで来ていることを「春隣」(はるどなり)と言うそうです。

店の前の桜の樹の枝の先が、ほんのりとピンク色に色付いている様に思います。
本当に色付いているのか、私の春を待つ気持ちがそう思わせているのか?どちらかはわかりません。
花が咲くのは、もう少し先ですが、樹に虫がついているのか、ヒヨドリが来ています。
鳥達も「春隣」を感じているのではないでしょうか?
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by peace3126 | 2016-02-26 13:46 | 日記(日々更新)

ぬけがら。

今使っているPCの調子が怪しくなってきました。
画面が急に消えたり、カーソルが動かなくなったり、ここ暫くはヒヤヒヤししながら使っていたのですが、7年以上使っているし、そろそろ買い替え時だと思い、娘に相談のメールをしました。
娘は4月から東京に行くことになったので、なんとしてもそれまでに買い替えなければと思ったのです。
直ぐに娘から激昂を露にした電話がかかってきました。
「いつまでも人を当てにしてたらあかん。何でも自分でできるようにならんなあかん。それが自分のためやねんで。」言ってることは間違ってはいないけれど、親のスネをかじっている立場の者が言う台詞ではないと思うのです。
あまりの予想外の返答に唖然としてしまい、返す言葉もないまま、電話を切られてしまいました。

あまりの情けなさと、ハラワタが煮えくり返る思い。布団を被り、大声を出して泣きました。
泣くというのは、ホントにスゴい行為で、暫くすると自分の中のアクが抜け切ったように、スッとしました。
「今しかない!」そう思い、ズーっと気になってい乍ら、できずにいた娘の思い出の品々の「断捨離」に取りかかりました。
押し入れを開けて、自分でもビックリです。ファーストシューズは勿論、保育園のスモック、カバン、帽子。初めての水着、パジャマ。ベビー布団、驚くべきは哺乳瓶。
そして、自分自身の物もです。写真も気に入った物だけを残し処分しました。勿論卒業アルバムもです。
この二週間ほどは、夜逃げの準備の様にゴミを出しています。

槙原敬之が「こんなにいっぱいの君の抜け殻集めて、無駄な物に囲まれて暮らすのも、幸せだと知った〜」て歌ってるけど、そんなことしてたら、次の何かは絶対に現れて来ないし、現れても気付かないまま失ってしまう。って私は思います。

娘を大学入学で神戸に出した時は、いつでも帰って来れると思い、寂しくありませんでした。でも東京となるとそうはいきません。お客さんや友達とその話になると、直ぐ涙が出そうになります。
考えないようにすること。慣れること。これしかありません。
そのことについて無駄のないできるだけ的確な私のコメントを考えました。
「情けなく、ツマラナイ親心が、前途ある娘の将来の後ろ髪を引くようなことがあってはなりませんので。」
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by peace3126 | 2016-02-19 11:09 | 日記(日々更新)

マンデリン!

12年前にこの店を始めた時、マンデリンは殆ど出ませんでした。
大半の方がサントスを注文されました。
私もお客様から「コーヒー。」とご注文をいただくと「サントスが一番マイルドですが、それでよろしいですか?」と言います。
マンデリンは好きか嫌いかが、ハッキリと分かれる豆で、勧める側としたら、少し勇気がいります。
メニューにも「マニアック」と説明をしています。
でも、最近驚くほどマンデリンを注文されるお客様が増えてきました。

この12年間で珈琲豆を取り巻く環境は大きく変わりました。良い方にではなく、悪い方にです。
バイオエネルギーの材料となる作物を作ることを生産国の政府が奨励したことにより、珈琲豆を作ることをやめたり、珈琲豆を継続しても作付け面積を減らしたりする農家が出ました。
また、作付け面積を減らした農地に少しでもたくさんの珈琲豆が穫れるようにと、樹と樹の間隔を短くしたことにより、珈琲豆の品質は低下しました。
異常で不安定な気候影響も珈琲豆にとっては、良い方に作用していません。
数々の悪影響を一番受けているのはマンデリンではないか?と私は思っています。

12年間の間に産地や農園、商社を替え、四苦八苦、試行錯誤の繰り返しです。
農作物であるが故に一つとして、同じ出来の物はありませんが、すこしでもその豆の最高の美味しさを引き出せるように!と思い乍ら焙煎し、豆を挽いて、ドリップしています。
この先はどうなることやら〜!

でも、万人受けのし難い「マンデリン」がこの店の看板メニューになってきていることが、私はとても嬉しいのです。
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by peace3126 | 2016-02-13 12:36 | 日記(日々更新)

寒ッ!!

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州見台公園は霜が降り、真っ白。
とても寒いキレイな朝でした。
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by peace3126 | 2016-02-08 11:42 | 日記(日々更新)

連れて行ってやる!

私の店のお客さんは、年齢層が高めなので、若い方だと印象に残ります。
いつもは一人で来てくれる若い男性のお客さんが、可愛い女のコといっしょに来てくれました。
彼女なのか、友達なのかはわからないけど、楽しそうな話し声が聞こえていました。

帰り際に彼女が「めちゃくちゃ上手いトーストを食べに連れていってやる!と言われて今日は来たんですよ。」と私に言ってくれました。

自分の胸が熱くなるのがわかりました。
落ち込むこともあるけれど、やっぱりこの店はやめられません。
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by peace3126 | 2016-02-06 14:26 | 日記(日々更新)

ROOTS 66

1966年(昭和41)生まれの私は、今年50才になります。
この年は60年に一度の「丙午」と言われ、他の午年と少し違った位置づけです。
この年の生まれの人は気が強いと言われ、出生率がグッと下がりました。特に女性はあまり良い印象ではないようです。
でも、日本を代表するミュージシャンに、この丙午の生まれの人の多いこと!
同じ歳の人の活躍はとても嬉しいです。斉藤和義、スガシカオ。
丙午の人達が集まるライブ「ROOTS 66」素晴らしい!!

20才前後にアルバイトをしていた時、2才年上にめちゃくちゃカッコイイ先輩(男)がいました。その先輩がよく私に「お前が男やったら、俺は絶対お前と組むぞ。お前なんで女やねん!?」と言いました。
誉められているようなので「ありがとうございます。」と応えていたのですが、あまりにもしょっちゅう言われたので、その先輩に「私、女なんですけど、女としては、どうなんですか?」と訊いてみました。
先輩は「女と思ったことないからな〜。女としてか〜?」と難問にぶつかった様な表情で考え込んでしまいました。
そのやり取りを聞いていた1才上の先輩(男)が、「お前、4点や!」
私=「それはないわ!せめて半分の5点にしてよ。4点やったら、完全に男に寄ってるやん!」
1才上の先輩=「お前、アホか!?だれが、10点満点て言うた?100点満点の4点や!!」
今思えば、私はこの時「女」としての道のりの遠さを知り、努力する気を無くしたように思います。
(今だったらセクハラですよ。1才上の先輩とは30年経った今も友人関係継続中です。)

さて、私は3月生まれなので、学生時代の友達は殆ど1965年生まれの巳年で、同じ干支の友達はいなかったように思います。社会人になってから出合った人と、年齢の話をして、同じ年の生まれだと「丙午!」とお互いに同時に言い合い、途端に親しみが湧きます。
もし、お客さんで「1966年丙午生まれ」の人がいたら、声を掛けてください。
「丙午トーク!」をしましょう!
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by peace3126 | 2016-02-03 12:45 | 日記(日々更新)